輪島塗について
輪島塗の始まりは諸説ありますが、現存する様々な資料などから、室町時代にまで遡ると考えられています。
漆器作りが発展した要因として、近隣に材料となる素材が豊富にあったことや気候風土が漆器作りに適していたこと、古くから日本海航路の寄港地として材料や製品の運搬に便利であったことなどがあげられますが、漆器の生産や販売に携わってきた多くの人々が、品質に誇りを持ち、技術を磨き続け、今日まで受け継いできたことが大きな理由といえます。
寛文年間(1661~1672)には敦賀を経て京・大坂にまで販路を拡大、18〜19世紀には、西は山口県から北は北海道エトロフ島にまで運ばれ、広域的市場を開拓したことが当時の資料から明らかとなっております。
明治から大正にかけては京都・尾張・加賀などから優秀な職人を招くなど、一層の品質向上を図り、顧客からの信頼をより確かなものとしました。
戦後においては、多くの産地が合成樹脂塗料に転換し、近代化を進める中、輪島は添の伝統技術にこだわり続け、製品の付加価値として産地のブランドイメージ向上に努め、現在に至っております。
工程は分業であり、大きくは木地、塗り、加飾に分かれます。さらにその中で椀木地、曲物木地、指物木地、朴木地、下地、上塗、呂色、蒔絵、沈金に細分化されています。
この分業体制を基本に、塗りで百以上の手数を経て、完成までに半年から数年の時間を要します。緻密な職能分化によって技術の熱達と生産効率の追求が図られ、各分野の技は伝統として受け継がれ、守られてきました。
各工程の専門職人は自身の仕事に自負を持ち、丹精を込めて仕上げます。その全てを確認し、調整するプロデューサー役を果すのが塗師屋(ぬしや)です。発注から販売、納品に至るまでを管理します。
塗師屋は江戸期から全国を旅し、顧客を訪れる直接販売を行ってきました。かつては、旅先で得た最新の文化や流行にふれる機会が多いことから、輪島における経済や文化の牽引役ともいえる存在でした。
木地
木地は器の用途によって形が異なり、
それぞれに適した技法を専門とする職種に分かれています。
材料となる木材もまた最適なものが選ばれます。
椀生地 (わんきじ)
挽物木地(ひきものきじ)ともいいます。
ロクロとカンナを用いて椀、皿、鉢など、丸い形の器を作ります。
材料はケヤキ、ミズメザクラ、トチなどです。
曲物木地 (まげものきじ)
薄く加工した柾目板(木目が縦に通った材料)を水に浸し柔らかくして曲げ、丸盆、弁当箱などを作ります。
材料は良質のアテやヒノキです。
指物木地 (さしものきじ)
角物木地(かくものきじ)ともいいます。
材料はおもにアテ、ヒノキ、キリなどを使い、重箱、硯箱、膳、角盆などを作ります。
朴木地 (ほおきじ)
刳物木地(くりものきじ)ともいいます。
複雑な曲面が多い座卓や花台の脚、銚子の口、スプーンなどの形成を専門とします。
材料はホオ、カツラ、アテなどです。
髹漆(塗り)
輪島塗の良さは塗りにあります。それは本堅地(ほんかたじ)と呼ばれる漆器の伝統的な下地塗技法です。
輪島はこの技法にこだわり続け、質の向上を図り、伝統として定着させたのです。
下地塗り (したじぬり)
木地の破損しやすい部分に布を漆で貼り付ける布着せ(ぬのきせ)を行い、下地漆には輪島地の粉(じのこ)と呼ばれる地元産珪藻土を焼成粉末化したものを混ぜます。
珪藻土は断熱性に優れ、漆と結び付くことで非常に堅く丈夫な塗膜となります。
下地塗り (したじぬり)
地の粉粒子が粗いものから細かなものへと、一辺地、二辺地、三辺地の順に重ねます。その度ごとに時間をかけて乾燥させ、研ぎを繰り返し、縁などに漆を塗り付け地縁引き(じぶちびき)と呼ばれる作業を行います。そして徐々にきめ細かな肌合いへと変化させていきます。
下地塗り (したじぬり)
下地作業は地付け(じつけ)とも言い、素地の性質を知ったうえでの作業手順や器全体の造形も考慮した地の厚み、それに伴う研ぎが求められます。品格のある器に仕上げるため、ごまかしの利かない重要な工程です。
上塗 (うわぬり)
上塗では、上質の精製漆を刷毛塗りします。ホコリを極端に嫌い、細心の注意を払いながら作業が行われます。
一つ一つ性質の異なる漆を使い分け、その時の季節や気候などの状況に合わせ、いつでも最適な塗膜が得られるよう、漆を調合することが、技術と経験に裏付けされた上塗職人の実力です。
加飾
堅牢優美と評される輪島塗を支えるのが、蒔絵や沈金をはじめとした美しい装飾です。
彩りを添えることで、漆器に新たな魅力が加わります。
呂色 (ろいろ)
塗りの仕上げには大きく塗立(ぬりたて)と呂色があります。上塗の肌をそのまま活かす塗立に対し、呂色では専用の研炭で平滑に砥ぎ、漆を摺り込みながら磨く作業を繰り返します。最後には人の柔らかな手で磨き上げます。漆特有の奥深く艶やかな質感が引き立ちます。
表面の仕上げは、呂色や塗立の他にも様々な種類があります。乾漆粉や金粉、みじん具等を蒔いて仕上げる変塗(かわりぬり)の一部は呂色師の仕事です。
蒔絵 (まきえ)
筆に漆を付けて描き、金銀粉を蒔き付けて定着させ、文様を表します。平蒔絵、研出蒔絵、高蒔絵等の技法を駆使した多様な表現が可能です。他にも螺鈿、平文、卵殻といった技法も蒔絵師の仕事となります。
沈金 (ちんきん)
漆器の表面にノミで文様を彫り、漆を刷り込み、金箔や金粉を入れて装飾を施す技法です。
基本的な線や点の彫りに加え、コスリや片切りなど、刃先の形状によって多様な彫りが得られます。